「エリダヌス」とは、ギリシャ神話に登場する川の名前であり、琥珀を産することで知られる北イタリアのポー川がそのモデルと言われている。オリオン座のβ星リゲルのそばから発し、冬の夜空をうねり流れる様子はまさに「天の大河」である。
リゲルのそばに輝く最初の星はβ星クルサ（オリオンの足台）で、それからο1、ο2、γ、δ、ε、ζ、η星あたりまでが川の上流であり、ここから星座は大きくカーブして、くじら座π星を掠めて、τ1星からτ9星の９つの星が並び、次のυ1、υ2星で再びカーブし３等星のθ星へと至り、その南にひときわ明るく輝くのがα星、0、6等級のアケルナル（川の果て）で、ここでまさしく川は終わりとなる。但し、アケルナルは日本では奄美大島あたりでなければ見ることはできない。
ε星は地球からの距離が１０，７光年で肉眼星ではアルファ・ケンタウリ、シリウスに次いで３番目に近い星で、太陽と同じように惑星を持っている星でもある。１９５９年のオズマ計画ではこの恒星系に高度の文明を持つ惑星がある、との想定の下に電波によるメッセージが送られている。
この星座には太陽神へリオスとその息子パエトンにまつわる神話がある。 |
| パエトンを受け止めた大河 |
太陽神の一人・ヘリオスは、大太陽神アポロンの下で毎日「太陽の馬車」を東から西へと御していく役目を担っていた。そのヘリオスとクリュメネという女性との間にはパエトンという息子がいたが、彼は自分が神の子であることを知ると、その証を立てるため、ある日父のいる「太陽の神殿」を訪ねたのである。ヘリオスはパエトンの訪問を喜び、誓いを立てて何か一つ願いを叶えようと言ったのに対し、パエトンは「父上の太陽の馬車を一度御させて欲しい」と申し出たのである。実は「太陽の馬車」はヘリオス以外は大神ゼウスでさえ御することが難しいものだったので、ヘリオスはためらったが、誓いを立てていたので、断る事ができず、願いをかなえることにした。ヘリオスはパエトンに決して下は見ない事、手綱を決して離さない事を、きつく言い含めておいた。パエトンは、しばらくは静かに馬車を走らせていたが、つい友人たちに、太陽の馬車に乗っているところを見せつけたくなり、自分の町を捜そうとして、下を見てしまったのである。だが、あまりの高さに目が眩み、彼は手綱を離してしまった。
たちまち、馬車を引いている天馬たちはコントロールを失い、暴走を始めた。パエトンは手綱をつかんで止めようとしたが、一度暴走を始めた馬たちはもう止まらず、高く、あるいは低く飛び、低く飛べば、地上のもの全てが焼き尽くされ、高く飛んだ場所では、氷河が地上を覆った。このとき「アフリカ」の地は馬車がそばを通ったため地上の全てが焼け、土地が一面、焼けた砂に覆われてしまった。それが今のサハラ砂漠である。オリンポスでヘリオスから知らせを受けた大神ゼウスは、地上の人間たちを救うため、やむなく雷を投げつけて、馬車を打ち落としたのである。パエトンの身体は燃えながら、エリダヌスという大河に落ちていった。
川辺には、木々の精でもある５人のパエトンの姉妹が集まり、パエトンを悼んで、いつまでも涙を流し泣きつづけた。そこへ通りかかった勇士ヘラクレスは、姉妹達から事情を聞くと、川の流れの中に飛び込み、パエトンの遺体を収容して手厚く葬り、エリダヌス河の河口に大きな方形の岩を立てて慰霊碑としたのである。姉妹達はお礼として、自分たちの宝物である青く輝く宝石をヘラクレスに差し出したが、ヘラクレスはその宝石をパエトンの慰霊碑の上に据え、それは夜になるとパエトンの霊を弔うように青くまばゆい光を放つようになった。そして、いつまでも泣き止まなかったパエトンのすぐ下の妹は、いつしかポプラの木にその姿を変えてしまったのである。
ヘリオスは死んだ息子を記念するため、エリダヌス河の姿を天に上げることを大神ゼウスに願い出て許された。ヘリオスは先に星となって冬の空にいる親友のオリオンに頼み、エリダヌス河の流れの一部をさいて、天に上げると､オリオンはそれを受け取って、左足に結び付け、残りの流れを天に引き上げたのである。この時、河口のヘラクレスが立てた慰霊碑もいっしょに天に上がり、上に据えられた宝石は夜空に明るい星として光を放った。人々はいつしかその星を「アケルナル」（川の果て）と呼ぶようになったのである。
そののち、地上に残った部分のエリダヌス河で、人々は不思議な石を見つけるようになる。それは涙の色をした透明な石であり、人々はそれを「琥珀」と呼んで珍重したが、誰一人、それが遠い昔、パエトンの死を悲しんで、パエトンの姉妹である木の精たちが流した涙であるとは気付かなかったのである。 |
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