（待っていた・・・・・私を？）
フレイヤと名乗った女性の言葉に、ユミは少し戸惑った。
「フレイヤ・・さん・・」
「「さん」はいらないわ。フレイヤでいいの。」
「じゃフレイヤ、もしかして、あなたは・・・？」
「神ではありません。話したら長くなりますが・・・それよりあなたに見てもらいたいものがあります。ついてきてくれますね？」
ユミは頷いた。
フレイヤは、ユミを伴ない、あの銀色の球体の上に立った。球体は２人を乗せたまま、海の上に浮かんだ神殿のような建物に向かって行った。
建物の中は、外観と違い、超近代的なメカが所狭しと並べられており、その中央に置かれたカプセルの中に、大きさが１０センチほどの透明な正八面体が、浮かんでいた。
フレイヤは、そのカプセルの前に、二人を案内した。
「実は、この正八面体が、私なのです。」
「ええ！」ユミは、愕然となった。
「驚かせて、ごめんなさい。でもこの事は事実です。数百万年前・・正確に言えば５９６万３２１１年と１３１日前、私はこの姿のままでこの恒星系にやってきました。その前、少なくとも６０００万年、我々は宇宙を彷徨って来ました。」
ユミには、何とも想像のつかない話だった。
「私がこの惑星に降り立った時、まだ人類の先祖のサルたちが地上に現われたばかりでした。私は、この惑星の資源を材料にして、この人工生態系「アスガルド」を創りだし、あらゆる自然界の生命を元として、私をサポートしてくれる人工生命を創りだしました。それがあの「妖精」たちです。」
人間のフレイヤは、自分自身を指さした。
「この姿も、あなたがたとコンタクトを取るために創りだした生命体です。ユミ、あなたの心の中にあるイメージをモデルにしました。」
そう言えば、このフレイヤには何か見覚えがあったが、この前立ち読みした海外のファッション雑誌のモデルにそっくりだった。
「私は、この「アスガルド」を次元バリアでカムフラージュしました。次元バリアで包まれた中では、時間が進まず、従って生命たちも歳を取る事がありません。ここから、地上にいるサルたちに少しずつ知恵を与え、知能を進化させることを助け、それ以上は、干渉をせず、ただただ数百万年間、見守ってきました。そして・・・」
「そして・・・・？」
「今から２０００年ほど前、サルたちは、人間に進化し、ようやく「文明」というものを手にし始めたころでした。ここのコンピューターは、二重惑星である「ファンタム」付近にある次元断層が、隣の銀河系のある惑星と、時間、空間を越えてつながり、その際、その惑星から、１隻の船と、その船から放り出される形で、一人の人間の少女が別れてこの星に来ることを予測しました。その少女の服の色までね・・・」
「その船って・・・・・・・・」
「そう、その船があなたの探している「シャングリラ号」・・・・少女こそがあなたでした。ですが、私には、その時問題が発生していました。この正八面体、正しくは、私の「人格」を封じ込めている一種のメカニズムなのですが、その「メカ」に一種の「メンテナンス」が必要になったのです。」
フレイヤは、カプセルの上に手を置き、自分自身でもある、正八面体をじっと見つめた。
「そのメンテナンスとは、生物にとっての「眠り」でした。こんな姿になっても、睡眠は必要だったのです。そして、それは何千万年の間、ずっと覚醒したままだった私にとって、何かの刺激を受けるまで目覚める事のない、深い深い眠りでした。私は眠りに入る前、あなたがこの星に来た時、歓迎されるようにあの「救世主伝説」を残しておいたのです。」
そういう事だったのか・・・・ようやく「救世主伝説」についてユミも納得ができた。
「そして、私が眠りについて２０００年、この惑星アレスにあの大破局が訪れました。その衝撃波は私を目覚めさせるのに十分なものでしたが、永い間、育んで来たアレスのこの姿に、しばし茫然としていました。かつて、この星の人口は５０億人を超えていましたが、生き残ったのは、やっと１万人ほど・・すぐにその人たちを救うべきだったのですが、何も手につかず、そのまま・・・・・。その時、聴こえて来たのがあなたの歌でした。」
「私の歌・・・・！？」
「そう、あなたの歌を聴いた時、茫然としていた私に、再び明日への希望が甦ったのです。どんなに科学技術が発達していても、やはり人の心は、人の心でしか救えないものなのですね。あなたのためとは言え、ニセの「救世主伝説」を残しておいた私ですが、その時、あなたが本当に「救世主」ではないか、と思うようになりました。私はこの時を待っていたのです。・・・・・とにかく、遅まきながらも地上の人々を救いましょう。」
ユミはうなずいた。
フレイヤは、パネルの一つに向かい、何か操作を始めた。
「フレイヤ、教えて欲しい事が・・・私がこの世界に来る時、乗っていた「タイムマシン」みたいな機械の事と、それと・・・・・」
「「シャングリラ号」の行方ですね？まず、「タイムマシン」ですが、恐らく、私とともに来た仲間が、あなたが宇宙空間に放り出されそうになったので、その機械を差し向けたのでしょう。」
「あなたの仲間？」
「そう、私にはもう二人、一緒に来た仲間がいます。あの正八面体の姿で・・・・あとの二つの惑星、「テラ」と「ファンタム」にこのような人工生態系を作って住んでいます。それと「シャングリラ号」・・・・・どうやら「ファンタム」の地上にその反応があります。」
「シャングリラ号」はファンタムにいた。遂に見つけた・・・・ユミはすぐにでも飛んで行きたかったが、その前にアレスの人々を救い出さねばならない。
フレイヤの操作しているパネルの上に、巨大なスクリーンがあったが、そこにシュバイツァー博士と緑の妖精たちが映った。
スクリーンを通じ、フレイヤと博士は何事か話していたが、やがて、博士が妖精たちに何かを号令すると、妖精たちは四方に散り始めた。
「妖精たちは何をするの？」
「今、この「アスガルド」から次元トンネルをこの「アレス」のあちこちに巡らせ、地上の人々を全て収容しています。」
間もなく、妖精たちは、人々を伴なって、草原に戻ってくる様子が見えた。
「ただ、人々をここに収容するだけでは、救った事にはなりません。アレスの荒れ果てた大地に、全ての生命の源となる水が、つまり海が復活しなければ・・・実は、この「アスガルド」には、あなたの星の単位で１４京トン、アレス全体を潤すだけの水が貯め込まれています。この水を降雨器を使い、この星の上に雨として降らせます・・・・たぶん何ヶ月かかかるでしょうが、雨が降り終わった時、再びこのアレスに「海」が甦るでしょう。」
とても壮大な話だった。確かに海がなければ、全ての生命は生まれなかった。
「フランスでは母の中に海があり、日本では海の中に母がある・・・・・・」
ユミは、こんな詩を思い浮かべた。再び、「アレス」が青い惑星として、甦る日は来るのだろうか・・。
「フレイヤ、もう一つ気になることが・・・あの鳥のような姿をした人達・・・。」
フレイヤは、別のスクリーンを指差した。そこには、アレスの北極付近から飛び立ち、宇宙へと去ってゆく光が見える。
「鳥人間たちの宇宙船です。彼らは、この「アスガルド」の存在に薄々気がついていて、ここが動き出した時には、もうここを支配できないと考えて、この星を去ったのでしょう。」
だが、これまで悪行を重ねてきたとは言え、彼らも人間だった。彼らの安住の地はどこにあるか・・・ユミはふと去ってゆく宇宙船の光を、悲しいと思った。
地上には、もう雷が鳴り、厚い雲が張り出し、大雨が降り始めていた。
惑星テラの天文台で、ローウェル博士は、アレスに起こった変化に気付いていた。表面が雲に蔽われ、稲光も見える。
恐らく、大雨が降り始めているのだろう・・・アレスが少しずつ、生きた「色」というものを取り戻していくように見える。
ローウェル博士は、ふと、ほんの２，３日前、ここを訪れた不思議な少女の事を思い出した。
「あの子が何かやったのか・・まさかな。」
博士は外にでると、肉眼でアレスを見つめた。昔のような、青い色が戻って行く。
「わしの生きておる間に、アレスは甦るかな・・・・。」
博士はいつまでも、空に浮かぶアレスの姿を見上げていた。
フレイヤとユミは、再び草原に戻った。１万人ほどのアレスの人々には、笑顔があふれ、地獄から解放された喜びを全身で表していた。
人々は、ユミの姿に気付くと、一斉に歓声を上げた。
そこへ、男たちが数人、ユミの方へと駆けて来た。間違いなく、彼らは、鳥人間たちからユミを救った奴隷姿の男たちだった。
先頭の男、彼はユミを六面体の乗り物に乗せてくれたあの男だったが、ユミの前にひざまずくと叫んだ。
「やはり、あなたは「救い主」であらせられましたか・・・・・我々は、何年・・・・何年・・・この日を待った事か・・・・・・。」
「スパルタカス」と名乗ったその男も、周りの男たちも人目もはばからずに男泣きに泣いた・・・。手枷、足枷は妖精たちの手で取り除かれていたが、鳥人間たちとの戦闘で負傷したのだろう・・・白い包帯が痛々しかった。
スパルタカスは、かつて、ある大国の陸軍特殊部隊の中隊長だった。あの大破局の日以降、廃墟となったこの惑星を鳥人間が支配するようになると、奴隷として過ごさざるを得なくなった。
奴隷となりながらも、彼らは「救世主」が来ると言う日を信じて、それを心の拠所としてきた。そして、その日を期してスパルタカスは、特殊部隊時代の経験を生かし、かつての部下を集めて、反乱を起こし、あの場所でユミに出会った、と言う事だったのである。
ユミは、スパルタカスに自分の正体を話した。無論、フレイヤとのやり取りは話さなかったが、自分はただの人間であること、他の星からこの星に偶然紛れ込んできた事を・・。
だが、スパルタカスの顔に失望の色は出なかった。
「でも、こうしてあなたは、我々を救ってくれたではないですか。」
やがて、デュカリオンという聡明そうな若者が、アレスの人々の代表として、ユミのところにやってきた。
「ユミ様にお願いがあります。」
「そのユミ様って言うのはよして・・・、困るなら「さん」でいいです。」
「では、ユミさん、妖精たちから聴きました。あなたは素晴らしい歌を歌っている事を・・・。我々は、降り続く雨がやむと、地上に降り、この星の再建に務めねばなりません。困難が予想されますが、そんな我々に「希望」を与える歌を贈ってほしいのです。勝手なお願いですが・・」
「勝手、なんてことは無いわ。私の歌でよければ、お安い御用です。ちょっと用意をしますから、みなさん、草原で待っていてください。」
希望を与える曲なら、「あの方」のあの曲を・・・・でもこの歌には歌いだしからコーラスが必要だった。
さっきから、ユミのそばを離れない妖精がいた。彼女も歌う事が大好きそうで、声もきれいだった。
ティナと言う名の、その妖精に、ユミは仲間をもう二人連れてくるように言った。彼らにコーラスをしてもらおうと思ったのである。やがて、ティナは男女二人の妖精を連れて来た。
「じゃ、頼むわね。」
ユミは、三人を伴なって、１万人のアレスの人々の前に出た。一斉に歓声が湧き上がる。
「アレスのみなさん、私もこの惑星が甦る事を願っています。みなさんにこの曲を贈ります。」
ユミは、そう言うと、ティナにサインを送った。
‘You don’t have to worry，worry. 守ってあげたい・・・’ティナたちは歌いだす、コーラスは見事だった。
「初めて 言葉を交わした日の その瞳を忘れないで・・」そしてユミは歌いだす、アレスの人々はみんな立ち上がり、歌を聴いている。
「So，you don’t have to worry，worry．守ってあげたい あなたを苦しめる全てのことから・・・」
「日暮れまで土手にすわり レンゲを編んだ もう一度 あんな気持ちで 夢を形にして・・・・・」
歌詞一つ一つがユミから、アレスの人々へのメッセージだった。
「‘Cause I love you’守ってあげたい ムムム・・・・」
‘I love you’というところに特に力を込めて、ユミは歌い終えた。アレスの人々の歓声が「アスガルド」の空間に響きわたった。
「素晴らしい曲でしたね。どんなに科学技術が発展しても、こんな曲は人にしか創れないでしょう。」
いつの間にか、フレイヤとシュバイツァー博士が、ユミのそばに来ていた。
ユミは博士に訊いた。
「博士は、地上の再建が成ったら、地上に戻るの？」
博士はゆっくり首を横に振った。
「もう、わしは、ここの住人、妖精の長老じゃよ。ここで、フレイヤ様とともに、二度とあんな事が起こらないよう、この星を見守るつもりじゃよ。」
ユミは、ほっとした。もうこの星は大丈夫だろう。
そうなれば、「シャングリラ号」を捜しに行かねばならない。
「フレイヤ、そろそろ「シャングリラ号」を捜しに行かねばなりません。「ファンタム」にもうすぐ旅立ちます。」
フレイヤはうなずいた。
「あなたに感謝します。「この星を救った青い服の少女」の事は、いつまでも、私もこの星の人は忘れないでしょう。ファンタムは、地上のあちこちに次元の断層があり、正確にどこにあるかは私にも判りません。充分気をつけて行ってきてください。」
ユミは、ゆっくりあの「時計｣に手をやった。二人に別れを告げ、ユミの身体は、謎の惑星「ファンタム」へテレポートを始めた。ついに「シャングリラ号」のある惑星に・・・・。
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